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上川中部圏ギャラリー

鷹栖町

たかすメロディーホール

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1-01 全景

建物全景
 たかすメロディーホールは平成6年2月4日開拓100年記念施設としてオープンしました。


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1-02 ホール

舞台から見たホールの全体


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1-03 ロビー

1階中央ロビー。ここには笹戸千津子さんの作品「少女坐像」が配置されています。


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1-04 廊下

過去に出演くださった方々のサインが展示されています。


丸山句碑の森

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1-05 玄穹庵

句碑の森のほぼ中央にある庵


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1-06 句碑(1)

雲の間の 月呼びかえす 月見草  愛子


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1-07 句碑(2)

御佛と 二人旅路の 菊の朝   みつえ


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1-08 句碑(3)

茎發法‥Δ泙譴討△蠅漫_動   丈作


郷土資料館

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1-09 「国見の碑」ジオラマ

明治19年上川検分の記念として一碑を近文山(現嵐山)に建てた。


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1-10 「農耕馬」ジオラマ

今はほとんどその姿を見ることができませんが、開拓の原動力になったのが馬です。当時の耕作風景を再現しています。


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1-11 「装蹄所」の復元

当時鷹栖町には馬がたくさんいました。馬の蹄鉄を交換する装蹄所が町のあちこちにありました。


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1-12 「夢に見る水」…木製サイホン

「白い米が食べられる百姓をしたい」との思いから、石狩川から3本の灌漑溝を掘った。特に近文第2溝路は、山や谷を渡るための大きなサイフォンが必要とする大工事でした。
その時使用した木製の管渠です。


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1-13 たかす一万年

鷹栖には2つの遺跡があり、旧石器時代の石器類や縄文時代の遺跡が発掘されています。
このことから、鷹栖町は約1万年前に人々が暮らしていました。


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1-14 曲がった川

入植した当時、オサラッペ川は屈曲していて頻繁に洪水に見舞われていたが、全長52Km川の屈曲をなくし25Kmと半分にする大工事が行われた。
これで洪水は少なくなった。


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1-15 大正時代の生活(住居内部の復元)

大正時代の普通の民家の生活風景です。


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1-16 藁製品のいろいろ

開拓当時、身にまとうものとして藁でできたものが、いろいろあります。


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1-17 職人の道具シリーズ

革製品を扱う職人たちが使用した道具類です。


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1-18 全景

建物全景


上川中部圏自治体情報化連絡会 (事務局・旭川市情報政策課)