上川中部圏ギャラリー

旭川市図書館/今野大力について

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1-01 今野大力

今野 大力(こんの・だいりき)


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1-02 地の子

ふと仕事の手を休めて佇み、弟が来はしないかしらと麓を見た時、弟は細い麓の小径をよっちらよっちら歩んでいました。弟は午後の休みものを脊負って来る筈でした。休みものと言うのは真黒な蕎麦団子か馬鈴薯の塩蒸しかたに大底極まっていました。私達は疲れているのです。その休みもののいつもながら美味いこと、咽喉がこくりこくりと鳴りました。弟は次第に近付いて来ました。彼は軽い草取り鍬を担いでいます。
 ―啓よおっ・・・・・早く来うい、
 すると弟は小走りになって、
 ―あんちゃん―
 と呼びかけて来ます。弟はそうして母の処へ行き風呂敷をほどいて貰いました。
 ―さあ皆休んだら、
 山の畑は人声なんぞしない小鳥の声位、私


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1-03 地の子

達親子三人と馬とは母の合図で樹蔭に風呂敷を拡げ、暫くは小のんびりした気分になることが出来ました。そんな時です。父は四辺や平地の方を見下して詩人の様に、王者の様に空想を走らせて、あそこの桜のある処へ公園を造らえようの谷沢を喰い止めて池を造り、魚を放すの、林檎園を、葡萄園を、何んぞと語るのでした。
 ―啓、おまえも来て食えよ。
 弟は呼ばれても畑の端へ行って頬に土をけずり、そしてそこへ見ている中に前掛のポケットから何かの種子を攫み出して蒔いていました。私達は可笑しくなって皆で笑うのでした。
 ―啓、おまえは今何を蒔いて来たんだ、お前の畑は肥料を入れないのか。 
 弟はそんなにからかわれても、ほんとうに真剣な顔をして、太息をしながら、さも大仕事を終えたかでもある様な意気で団子を頬張っているのでした。そんな時私は小さき魂で


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1-04 地の子

はあるが努力していることを思って強く感ずるものがありました。
私達の蒔いた麦が芽を出せば弟が蒔いた麦も芽を出しました。狭い細い二尺位の畦が三本ばかり、
 ―啓、草をとってやれよ。
弟は気が付いた様に走って行って草を取っていました。
厚蒔きと○土の石コロの多い瘠せ土であった為め、弟の蒔いた種子は二粒三粒位の麦の実を付けただけでした。それでも弟は二粒ばかりを根こそぎ抜き○ない束ね方で私達の焼いている処へ持って来ました。
 ―お母ちゃん、あのない、ほちめ(雀)がない、皆食ってしまったから、これ焼いてくないない。
 ―ああよしよし。
私はその小束を一緒にして焼いてやりまし


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1-05 地の子

た。弟はさも満足したように大儀らしい息をして、いつの間にかぐったりと叺の積んだ処で蚊除に冠った風呂敷の頭巾をその儘、寝入っているのでした。私達は夜は九時十時まで風の静かになった時まで麦を焼いていました。
 ―早く帰れって言っても帰らないで、こんな処さ寝転んで、風邪でも引いたら、
 母はそう言いながら、弟の身体へそうっと綿入はんこを着せて、仕事の終る頃脊負って山を降りました。


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1-06 奪われてなるものか―施療病院にて―

君はおれの肩を叩いてきいてくれる
君は親しげなまなざしでおれを見る
おお君はいつもおれの同志
おれたちの力強い同志
しかしおれには今
君の呼びかけたらしい言葉がきこえない
君はどんなにあの懐かしい声で
留置場からここへ帰って来たおれに
久方ぶりで語ってくれたであろうに
おれには君の唇の動くのが見えるだけだ
パクパクとただパクパクと忙しげな
静けさ、全くの静けさイライラする静けさ
扉の外に佇っていたパイの足音も聞えない
何と不自由な勝手のちがった静けさか


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1-07 奪われてなるものか―施療病院にて―

音響の全く失われたおれの世界
自分の言葉すら聞えず忘れてゆこうとしている
おれは君と筆談だ、君は書く
――おれたちは来る六月十九日の文化聯盟の
拡大中央協議会を開催すべく闘っている。
よし君の言うことはわかる
――おれの耳を奪ったのはあいつ××だ
おれは奴らのテロで耳を奪われたが
××は腕を折られた、足腰も立てなくなっているのだ
おれたちはそれを奪い返そう
引ったくってやろう
奪われてなるものか
それが後に残った者達の重大な仕事だ。


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1-08 奪われてなるものか―施療病院にて―

おれは耳を奪われたしかし
君の文字が伝えてくるおれたちプロレタリアの側の熱意が
こんなにハッキリわかるのが実にうれしい
おれには何時知らず熱い涙が眼尻を流れていた
――おおおれたちの同志しっかり!
おれもやるぞ!
                  一九三二・六月


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1-09 農奴の要求

雪に埋れ
吹雪に殴られ
山脈の此方に
俺達の部落がある
俺達は候爵農場の小作人
俺達は真実の水呑百姓
俺達の生活は農奴だ!
俺達はその日
隊伍を組んで 
堅雪を渡り
氷橋を蹴って
農場事務所を取巻いた
俺達はその日の出来事を知っている
その日俺達の歩哨は喇叭を吹いた


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1-10 農奴の要求

喇叭の合図で
俺達はみんな
見分の家につんばり棒をおっかって
家を出た
俺達の申し合せは不在同盟!
俺達は候爵の秘密を知り
俺達は候爵の栄華を知り
俺達は現在の資本主義社会の悪を知っている
俺達を思想悪化と誰がいう
俺達は飽くまで年貢米不納同盟
そしてその日は執達史に対する不在同盟!
俺達は集合した
焚出しに元気をつけて
隊伍を組み
堅雪を渡り
氷橋を蹴って
農場事務所へ押しかけた


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1-11 農奴の要求

俺達は要求する
強制執行を解除しろ!
俺達は何にも差押えられてはならない
俺達は黒ずみうずくまる山脈の麓に要求する
 飢えたるものに食糧を!
 百姓には土地を!


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1-12 馬 耕

 力一杯で尻ぺたを殴りつけると仔馬はさすがに驚いて飛び上がった。馬鹿力が出たプラオは急に土の中から飛び上がり、米公は把手で張り倒され、たづなを肩からかけていた親爺は急に引張られて腹這になった儘ぐんぐんと荒土の土を引きずられた。
 米公は恐ろしいことが起っていると思った。
 ボキン! バリッ! 何かぶち壊れる音がして仔馬は一丁ばかり向こうの根株のところに止った。
引きずられた親爺は動いている。皆馳せ寄った。親爺は額と鼻から血が出ている。土にすっかりまみれこんだ。プラオは根株の処へ引かかって洩木が折れている。一寸使いものになりそうもない。親爺はむくむくっと起きて来ると狂気のように棍棒を探し廻った。皆は殺気立ったものが感じられた。什うしようもない考い浮かばない。仔馬は根株に結いつけられ、親爺はぐるぐる逃げまどう仔馬の尻ぺたをどさりどさりとこぴどくぶん殴った。暫く殴ってから血と土にまみれたもの凄い姿で


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1-13 馬 耕

馬の尻をたづなでびしりと殴ると馬は一息だけその痛さにトカトカと小走りをやる。しかし又ふうふうやって足を止める。馬は全身びっしょりだ。白い泡を吹いている。馬は又ぶん殴られる、びしりッ!
 馬は左へそれてトカトカやろうとすると、左へそれるとプラオが土をうんとけずり引かけられるので深く刺さり込み喰い込んで動かない。たづなはぐいッ!としごかれた。二才馬の唇は噛み慣れぬ轡のために避けている、血に染んだ舌で轡を吐き出そうとするが、決してはずれることがない。
 暫くしてから右へそれてプラオを深みからはずした。そして又ちょこちょこ続ける、止まる、又続ける、馬も使手もへとへとになっちもう。
 午前中で二段歩ばかりの畑をまだ半分ばか


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1-14 馬 耕

り、それも深かったり浅かったり、全然けずらぬ処へ次金まで二才仔なんぞ立ててさ、ぞうする気なんだが、気が知れない。」
「黙ってけつかれ!」
 親爺がその言葉をきいて吐鳴る。
 母親はだまってしまった。親爺の意地には何ぼ立ついてもだめだった。午後から米公が仔馬の鼻取りにきまった。
「馬仔一匹の鼻取が出来ないごったら、此野郎飯なんぞ喰わせないで置け!」
 仕事をしないうちから米公は親爺にびしゃつけられていた。
「とね仔の朝ばねってね、初めのうちは元気でも、すぐくたくたになる癖に。」
 稼人の庄助がじっこりした背中を動かしながら言っている。午前から庄助が米公の


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1-15 馬 耕

代わりに馬耕跡の残り薯を拾う役になった。母親とおさく、おきよは根株耕しをした。
「畜生!ホイッ!」
 米公は仔馬の速足に踏まれるように鼻とりをやった、仔馬は轡を痛くねじられるので時々いやいやをする。
「ほら!引張れうんと、ぐうぐうと」
 親爺は自分の好きで買った馬だからどうでも使いこなして見せなければ気が済まんのだ。
「鼻位とれんでどうする、しっかり引け!」
 親爺の憤懣が米公へおっかぶせて来る。米公は自分でプラオを引っぱる位仔馬の首を引張った、中昼頃にはちっとも動かなくなってしまった。
「こん畜生!」
 親爺はプラオの把手を手放して来て木根子を振り上げた、米公は自分がぶん殴られるのかと思う位親爺の顔は恐ろしく見えた。
 ドサリ!


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1-16 馬 耕

鞍も置いていない仔馬の脊に跨が、下の店のあるところまで二十丁ばかりの間を馬も人も気狂いのようになって何遍も往復した。
「又あんなことをして仔馬と一処に抛り投げられでもしたら・・・・・・。」
 母親は泣きながら嘆いていた。黄昏れていた。近所の人たちは皆佇って見ていた。 
一九三〇・三 (完)


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1-17 ねむの花咲く家  ―自らペンを取らなかった詩―

俺は病室にいる
暗室のような部屋だ
今俺はおの豚箱で受けた
白テロの傷がもとで
同志にまもられ
病室に送られたのだ
病室の血塗れた俺は
最後の日を覚悟している
しかし、そこへ
一人の同志の持って来た
ネムの木の花は
おお
何と俺を家へ帰らせたがるんだろう
ねむの葉は眠っている
しかし、俺は夜中になろうと
ねむれない
ネムの葉は眠っても


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1-18 ねむの花咲く家 ―自らペンを取らなかった詩―

花は
苦痛になやむ俺のほっぺたへ
頬ずるような微笑を呼びかける
あのねむの花咲く家は
何と朗らかな
俺たち同志の住居だったことか
ねむの葉は眠り
俺は眠られず
あの日
プロレタリアートの敵の
憎むべき白テロ―――
                一九三二・七・三 


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1-19 雨の牛朱別河畔を

か細い 弱々しい
しっぽりと濡れる雨である
私は牛朱別の流れの音を聴く
なつかしいふるさとの牛朱別の流れの音よ
濡れることのうれしさよ
河岸の堤のあたりに
光沢(つや)ばみ美しい柳の中を
洗はれて綺れいな小石の上を
春四月の末
あてなくたのしい悩ましい青春の日
私は破れたマントを着て雨にぬれ彷徨ひ歩く
なつかしいふるさとの牛朱別の流れの音よ
ぬれることのうれしさよ
彷徨ひ歩くうれしさよ


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1-20 学 校

教壇もない
机もない
椅子もない
教師の握る鞭もない
この学校には粗末なベットがあり
ベットは二十幾つも並んで
ベットの上には
自分の肺をくさらせた青年がねている
一九三四年の日本の東京で
貧窮に 過労に 困苦に
生身の肺を病菌に喰わせて
遂に
いく月も
いく年も
ここのベットにねたきりとなる。
蒼白い顔の生徒達は


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1-21 学 校

食慾のおとろいた腹に
うすかゆやじゃがいもを
是が非でも生きんとする
老母や姉弟の見舞の小銭を押しいただいては
あきらかならずとも
この饑餓の日本にふんまんを抱き
強く生きんことを学ぶ
かばねの自由なければ
神を説き精神の自由を説いて
キリストの愛 今はブルジョアのための忍従を
胸に抱けと教ゆる牧師はあれど
こころただ
現実の窮乏と奴隷の生活よりのがれるすべを
ひそかにひそかに思うのみ、
ドストエフスキーの不敬の十年の牢獄は学校となり
労働者の組合は党の学校となる
肺を病む青年のねている施寮療養所は


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1-22 学 校

ブルジョア日本の支配の下で
牢獄に捕われし多くの同志と同じく
ここも又学校となる


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1-23 金属女工の彼女

小がらで元気がみちみち
眼と口と顔の据えられた位置が
やや水平の彼方の空に向い
希望の、言葉ではなし、文章ではなし、絵でもなし
ただ五尺たらずのからだに
みちみてる熱意ある要求の表情。
私はそこで 彼女の出ている工場で
一日 一杯、
牛馬のような搾取労働が、
ヘコたれさせた姿を見ていない
彼女が江東労働者の娘で、
工場労働の中にすべてのよろこびやかなしみの生活にひたり
すべての要求を
自ら労働者の


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1-24 金属女工の彼女

眼と口と足と結合集団の力によってのみ、みたし行く、
クジけることなき労働者金属女工の身軽な休日の散歩を見る。
彼女はいまだその頭上に日本髪を結ばず余計な封建の遺風をカラリと忘れ
いつもきりりと髪を結び
いつも労働者全体の欲求だけが
胸の中にふくらみ、
その時だけ激しい怒りを持つ。
彼女は未知の友、
だが、婦人労働者、おれたちの友、
今日おれたちの戦列に立つ女子共産青年同盟員。


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1-25 郷土へ

疾走する急行列車にて
ふるさとの街は近づくよ
ふるさとは昔 暗いランプの灯ともる
もの影淋しい植民地の一小邑
移住民の群にまぢりて
若く夢多かりしわが父母達は あこがれ幼な我を背負ひて
渡来せりといふ
わがふるさとの街は未だ雪に埋るる
春の三月の末
鰊とる漁場の労働人達が 北の輝く海辺へ
群がり集ふ頃
おもえで白雪の嶺を仰ふぐは懐しき
われは今丘陵連なり谷間の姫百合の花咲く
ふるさとへと帰り来りしか


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1-26 故郷断想

小川は濁っている
ヤマメ、イワナのようなうまい小魚はもうそこへはのぼって来ない
淀みにはどぶ臭い雑魚が居り
廿年の昔の清冷な流れの面影がない
連なる丘陵は
ただ禿山であり
焼けたエゾ松の根株が淋しく黒く佇んで居り
昔そこに美しい針葉樹林があり
楡、タモ、栓、楢、紅葉、桜、胡桃、白椛の林があって
小鳥や兎達の楽しい場所であったことは
きれいに忘れ去られている
部落の人々は何を考えているのか
娘のたのもしい夫のことでもない


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1-27 故郷断想

息子のきれいな気の利いた嫁のことでもない
土地が自分のものであったら
今年の収穫が高く売れたら


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1-28 坂道

誰にも教へぬ坂道
たった二人だけが
土曜日の午后三時に
一遍だけ歩くことにきめてある道
いつまでも使へるつもりはないが
当分二人だけには重要な道
それはある屋敷街の
折れ曲り 折れ曲り
ふいに行先をきかれても何とか言訳の出来るやうな場所
人通りは多くもないが
目立つ程でもない
逢へた時はうれしく
逢へなければ気苦るしく
不自由な二人には


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1-29 坂道

して油断は許されず
明日の希望に踏みしめられるこの坂道


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1-30 私の母

そこにこうかつな野郎がいる
そこにあいつの縄工場がある
縄工場で私の母は働いていた
私の母はその工場で
十三年 漆黒い髪を真白にし
真赤な血潮を枯らしちまった
私の母はそれでも子供を生んだ
私達の兄弟は肉付が悪くって蒼白い
私達は神経質でよく喧嘩をした
私達は小心者でよく睦み合った
私達の兄弟は痩せこけた母を中心に鬼ごっこをした
母は私達を決して追わない
母はいつでもぴったりと押えられた
私達は結局母の枯木のようにごそごそした手


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1-31 私の母

で押えられることを志願した
私達はよく母の手をしゃぶった
それは馬の胴引革のようだった
わたしたちはよく自分達の手をしゃぶった
それはいつでも泥臭い砂糖玉の味がした
日本ではやっきに戦争を準備し
至る処で暴動が起こり
多数の共産主義者が捕らえられた
しかし母はいつでも知らずに過ぎた
私達の母は文字を知らず 新しい言葉を知らない
私達の母は新聞の読み方を知らなかった
ただその母は子供を生む方法を知り 稼いで働いて愛して育てることを知った
私達は神の神聖を知らない
私達は母のふところから離れ
母は婆さんになった
母は遂に共産主義の社会を知らない


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1-32 私の母

母はやがて墓土に埋もれよう
だがその母の最後まで充たされなかった希望は
今、私の胸に波打ち返している

    ※「俺達の世の中」を部分的に改稿したもの。


上川中部圏自治体情報化連絡会 (事務局・旭川市情報政策課)